第二百二十四話 公爵が天秤にかけたもの(1) (1/2)

公爵の問いに、ヴァルナルの答えは早かった。

「私はミーナと別れるつもりはありません。オヅマも…大公殿下に<ruby><rb>稀能</rb><rp>(</rp><rt>きのう</rt><rp>)</rp></ruby>の教えを受けることになったとしても、息子であることに変わりはありません」「………そうか」

公爵は頷いた。相変わらず表情は乏しかったが、うつむけた顔はどこか苦く、憂いを帯びて見えた。

ヴァルナルは少し気になったが、ルーカスが話を先へと進めていく。

「父権については、ある程度の時間をかければ、ヴァルナルであっても主張することは可能でしょう。再婚相手の連れ子とはいえ、今は正式に息子であるのですから」「勝算があるのか?」

公爵が不機嫌そうに尋ねると、ルーカスは余裕のある笑みを浮かべた。

「私自身は非才の身ですが、歴代の妻たちは有能な者が多いもので。二番目の妻は、こうしたことでの実務に<ruby><rb>長</rb><rp>(</rp><rt>た</rt><rp>)</rp></ruby>けておりましてね」「あぁ…」

ヴァルナルはすぐに思い当たった。

ルーカスの二番目の妻、レティエ・フランセンはいわゆる訴訟代理人(或いは交渉人)だった。 その職業は国に正式に認められているわけではないのだが、法に疎い者たちに代わって、裁判などの交渉事を行う人間は古くから存在している。 彼らの身分は貴族であったり、平民であったり、果ては<ruby><rb>博労</rb><rp>(</rp><rt>ばくろう</rt><rp>)</rp></ruby>であることすらもあったが、一貫しているのは優秀でなければ続けられないということだった。 訴訟代理人を名乗るのは勝手であったが、実績がなければ信頼を得られない。誰からも必要とされなくなると同時に、彼らは仕事を失うのだ。

有象無象にいる訴訟代理人の中でも、レティエはその界隈では有名で、顧客の多くは中流貴族の女性だった。これは元々、不幸な結婚をした友達の相談に乗るうちに、法律を学ぶようになったせいでもある。

「女性側からの離婚の相談なども多くこなしていますから、当然ながら子供のことについても<ruby><rb>俎上</rb><rp>(</rp><rt>そじょう</rt><rp>)</rp></ruby>にのぼることが多いようです。効果的な方法くらいは考えてくれるでしょう」

ヴァルナルは少しばかり気まずかった。 前妻も彼女の相談者であったと聞いていたからだ。

「俺に力を貸してくれるのか? レティエ女史が」

心細げにヴァルナルが言うと、ルーカスは鼻で笑った。

「なんだ? 心配しているのか? お前は彼女から言わせると、そう悪くない夫だそうだ。なにせ離婚に早々に応じた上に、ほとんど希望通りに慰謝料も払ったからな。金をケチらなくて良かったな」

ヴァルナルは何も言えなかった。それも結局は面倒だったから、さっさと済ませたかっただけなのだ。 あの当時は戦争が一旦終結したものの、いつまた戦端が開かれるかもしれないという緊張状態が続いており、とても家族のことなど考えていられなかった。

今更ながらに自分の身勝手に後悔し、悄然となるヴァルナルを無視して、ルーカスは話を元に戻す。

「いずれにしろ、<ruby><rb>新年の上参訪詣</rb><rp>(</rp><rt>クリュ・トルムレスタン</rt><rp>)</rp></ruby>に男爵夫人を連れて行くのは、控えたほうがいいだろうな。先程、公爵閣下も言われたように、万が一にでも大公の目に入れば、気付かれる可能性は高い」

ルーカスの指摘にヴァルナルは頷いた。

「それは、最初からそのつもりだった。ミーナもオリヴェルのことが心配であるからと…帝都へ行くことは前向きでなかったし」「それこそ物見高い輩に群がられては、たまったものではなかろうしな。だが、今回は許されても、毎年病弱な息子を理由にして、奥方が帝都に<ruby><rb>訪詣</rb><rp>(</rp><rt>ほうけい</rt><rp>)</rp></ruby>もせぬでは、陛下への不遜だと騒ぎ立てる者も出てくるやもしれん。覚悟はしておくことだ。オリヴェルの病気についても、寒い北の地では体にこたえるのではないのか? 温暖な帝都の方が、案外快方に向かうかもしれんぞ」「………考えておく」