第二百二十九話 出迎え(2) (1/2)

「お待ち下さい、小公爵様! ルティルム語の授業はどうするおつもりです?」「エーリクと一緒に補講を受けるよ」

マティアスは珍しく ――― というより、初めてアドリアンに大声で反対した。

「いけません! 今、本館に行けば諸侯が集まっているのです。その中で、小公爵様が特定の者に対して出迎えるなど、あってはいけません!」「……去年…はいなかったけど、毎年、迎えに出てるよ」「今までは許されていても、今年からはお控え下さい」「どうして? 僕のことなんて、誰も目くじらたてたりしないさ」

マティアスの強硬な姿勢に、アドリアンも流石にムッとなって言い返す。 しかしマティアスは頑として譲らなかった。

「小公爵様は今年から我ら近侍を持たれました。これは小公爵様を<ruby><rb>半分大人</rb><rp>(</rp><rt>シャイクレード</rt><rp>)</rp></ruby>として扱うことを、公爵様が認められたからです」

<ruby><rb>半分大人</rb><rp>(</rp><rt>シャイクレード</rt><rp>)</rp></ruby>。 帝国貴族特有の言い回しで、文字通り成人に達してはいないものの、子供と呼ばれる年齢を過ぎたと見做される。 品行についても子供であれば許されていたことが、ある程度の責任をとる年齢であるとされ、厳しい見方をされるようになるのだ。

アドリアンは十一歳という年齢だが、近侍を自分の周囲に置くことは、命令を下せる立場であると同時に、相応の責任を課せられる。 まさしくm class="emphasisDots">半分大人、ということだった。

「小公爵様は、公爵様同様に、家門のすべての者に対して公平であるべきです。人目のある…まして、<ruby><rb>上参訪詣</rb><rp>(</rp><rt>トルムレスタン</rt><rp>)</rp></ruby>のために公爵邸にやって来た諸侯の前で、特定の人間に対して特別に振る舞うことは、いらぬ誤解を招きます」

アドリアンはマティアスの言いたいことはわかったものの、やはり納得できかねた。 建前では公平だとか言っているが、ある程度の贔屓差があるのは、誰もがわかりきっている。居並ぶ諸侯の中に、自分の味方が少ないことも。 反論しかけたアドリアンを止めるように、オヅマが手を挙げた。

「マティに賛成」

アドリアンは驚いてオヅマを見た。 一方の当事者であるマティアスも含め、その場にいた全員が意外な挙手にポカンと口を開いた。

オヅマは全員が呆気にとられた顔をしているのを見て、プッと吹いた。

「なんだよ、皆して鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」「いや……」

マティアスは何を言えばいいのかわからなかった。 まさかオヅマが自分に同調するなど思ってもみなかった。いっそ聞き間違えかと勘繰ったが、目の前ではアドリアンがオヅマに詰め寄っていた。

「どうしてだよ!? 僕がヴァルナルと親しいことなんて誰でも知ってる。今更、気にしたって何も変わらないだろ!」「今更…ね」

オヅマは片頬に皮肉な笑みを浮かべて、ジロリとアドリアンを見た。 薄紫の瞳に厳しい光が宿り、アドリアンは声を詰まらせる。

「お前の…小公爵さまの言動でいくつか気になることがある」「え…?」 「さっきもそうだった。『僕のことm class="emphasisDots">なんて』とか、『m class="emphasisDots">今更変わらない』とか。ときどき、小公爵さまはご自分で自分自身を<ruby><rb>貶</rb><rp>(</rp><rt>おとし</rt><rp>)</rp></ruby>める。こういうの謙譲とは言わないよな、なんて言ったっけ?」

オヅマに尋ねられて、アドリアンは答えられなかった。 この一年で自分としては大きく変化した自覚はあったものの、やはり染み込んだ卑屈な精神は、そう簡単になくならない。 この公爵家において、目立たぬように…自分という存在を希薄にすることは、望まれたことでもあり、自ら進んで行ったことでもあった。 忸怩として唇を噛みしめ、アドリアンは黙り込む。 アドリアンの沈黙にマティアスは当惑しつつ、オヅマの横柄な態度がまた目についた。