第二百三十話 出迎え(3) (1/2)

<ruby><rb>新年の上参訪詣</rb><rp>(</rp><rt>クリュ・トルムレスタン</rt><rp>)</rp></ruby>に集まった人々の群れで、本館へと向かう廊下はごった返していた。 オヅマがその中を縫って歩いていると、近侍服に気付いた者が物珍し気に見ては、近くにいる者を捕まえてコソコソと話したりしている。多くの者は眉を<ruby><rb>顰</rb><rp>(</rp><rt>ひそ</rt><rp>)</rp></ruby>め、口の端に冷笑を浮かべていた。 オヅマはますます仏頂面になって、早足で人々の間をすり抜けていく。 ようやく馴染みのある騎士服とマントを見つけて、引き締めた顔の筋肉が緩んだ。

「マッケネンさん、久しぶり」

マッケネンは振り返ると、まじまじとオヅマを見てからプッと吹いた。

「なんだ…お前……いっぱしの近侍やってるじゃないか」

チャコールグレイの繊細な模様が織り込まれた生地に、グレヴィリウスの家門が胸に刺繍された近侍服は、元より怜悧で整ったオヅマの容貌によく合っていた。 レーゲンブルトにいた頃には、ツギ当てした粗末な服を着ていた印象であるので、雲泥の差と言っていい。 もっとも残念ながら、中身はそう変わっていないようだ。

「近侍なんだから当たり前だろ」「ハハッ。違いない」「オヅマ」

マッケネンの背後から、厳しくオヅマを見ていたカールがズイと前に出てきて言った。

「先にヴァルナル様に挨拶しないか」

オヅマは軽く息をついてから、あえて視線を外していたヴァルナルに目を向けると、深くお辞儀した。

「お久しぶりです、領主……いや、クランツ男爵様」

言い慣れた「領主様」という言葉から変えたのは、公爵邸において『領主』という限定地域の主君を表す言葉に『様』をつけていいのは、公爵閣下唯一人であるからだ。また、他地域の領主との混同を避けるためもある。 それでいてヴァルナル様とも呼べないのは、オヅマの微妙な距離感というべきものだった。

「あぁ、久しいな。オヅマ」

ヴァルナルは相変わらず朗らかに言ったが、ややぎこちなかった。 二人はそこで一旦、互いに何を言うべきかを考えあぐねているようだった。 奇妙な沈黙が流れる。

「あ…ミーナは……元気にしてるぞ」

ヴァルナルはとりあえず思い浮かんだ中で、オヅマが最も気にかけているだろうミーナについて触れた。 しかし案外と、オヅマの反応は淡泊だった。

「あぁ、そうですか。良かったです」「マリーも、オリヴェルも元気だ」「あぁ。はい…知ってます」「知ってる?」「アドルから聞いてます」

何気なく言った名前に、周辺で聞き耳を立てていた者達がザワリとする。 オヅマが咄嗟に言い繕うよりも先に、ハハハと快活な笑い声が響いた。

「いやぁ、聞いていた通りだな」

明るい茶髪に青い瞳の、騎士らしき男がゆっくりとこちらに歩いてくる。 兜以外は鎧に身を包み、その胴当てに刻まれた交差した剣と<ruby><rb>戦斧</rb><rp>(</rp><rt>せんぷ</rt><rp>)</rp></ruby>の紋章を見てオヅマはつぶやいた。

「エシル…?」「そう。初めまして、オヅマ。エーリク・イェガの兄のイェスタフ・イェガだ。よろしくな」

弾むような口調で言いながら、イェスタフは驚いているオヅマの手を掴んで持ち上げると、有無を言わさず握手してくる。拒むつもりはなかったものの、少々強引な挨拶にオヅマはたじろいだ。「どうも」と軽く返事して、早々に手を離す。 イェスタフは特に気にする様子もなく、すぐにヴァルナルに屈託ない笑顔を向けた。

「久しいですねぇ、クランツ男爵。去年はおられなかったから、随分とがっかりしたんですよ。今年こそはみっちりとお相手願います」

ヴァルナルも相好を崩して、親しげな様子で言った。

「さて、どこまで私を追い込んでくれるのか、楽しみだな。ラーケルは元気か?」「もちろんです。兄も今年こそは一本取ると息巻いてますよ。それに、今年は弟もいますしね。ご子息から聞いているとは思いますが」「うん?」

ヴァルナルがキョトンと聞き返すと、イェスタフは悪気もなくオヅマに目線をやる。戸惑いを浮かべるヴァルナルに、オヅマは素っ気なく言った。

「エーリク・イェガは同じ近侍です」「あぁ…そうか。そうだったな」「なーんですか! 親子だってのに、かしこまっちゃって。聞いてますよ、男爵。大恋愛の末に結婚されたと。それで、奥方はもうお部屋に?」